忍者ブログ

"国内小説"カテゴリーの記事一覧

  • 夏コミケの新刊! 馬場孤蝶訳『林檎の種』

    お待たせいたしました。

    夏コミケの新刊、馬場孤蝶訳の『林檎の種』ヒラヤマ探偵文庫28ができました。この作品は、馬場孤蝶が創刊したばかりの『週刊朝日』の2号めから翻訳連載をした探偵小説になります。



    大正11(1922)年3月5日号から5月14日号まで、全10回の連載でした。『週刊朝日』は創刊された当時は、『旬刊朝日』という名称でした。「旬刊」とは、10日に1回発行される刊行物のことをいいます。しかし創刊4号め(4月2日号)からは、『週刊朝日』に表題が変更されます。これは同じく4月2日号から発行された『サンデー毎日』に対抗するためでした。

    そういう状況の中で馬場孤蝶訳の「林檎の種」が『週刊朝日』に連載され始めたのです。連載された本文には、「馬場孤蝶訳/古家新画」としかクレジットがありませんでした。原作者名がないんです。これは、加藤朝鳥訳『柬埔寨の月』(ヒラヤマ探偵文庫19)や森下雨村訳『謎の無線電信』(ヒラヤマ探偵文庫21)と同じパターンです。いずれも初出には原作者名が掲載されていませんでした。

    しかし調査をしたところ、エドウィン・ベアード(Edwin Baird 1886-1954)の「Z」("Detective Story Magazine" Aug 27 1921)であることがわかりました。エドウィン・ベアードは、大正12(1923)年に創刊された怪奇、幻想、SF小説を届けた『ウィアード・テールズ』の初代編集長として知られています。しかし、この「Z」を書いた頃は、まだパルプ雑誌のライターだったようです。

    そのような「林檎の種」になりますが、夏コミケでは、馬場孤蝶訳でこの作品を新刊でお届けできることになりました。馬場孤蝶のファンの皆さん、どうぞ、ご期待ください。

    PR
  • 「虹の秘密」の不思議な世界

    加藤朝鳥は、翻訳家、評論家として知られていますが、探偵小説を書いた作家でもありました。『虹の秘密』ヒラヤマ探偵文庫17は、朝鳥の書いた探偵小説を二編収録してあります。大正9(1920)年の「疑問の指先」と大正12(1923)年の「虹の秘密」です。いずれも女性を主人公にしているところに特徴があります。

    今回、紹介したいのは、表題作の「虹の秘密」の挿絵です。この作品の中で主人公の橋本京子は、心霊現象を使って犯人を見つける手がかりにしたり、彼女が属している碧川心霊研究室の碧川博士を助けたりもしていました。その心霊現象とは、いわゆる千里眼のようなものです。碧川博士が言うには、人間の脳には色彩顫動という働きがあり、それを究極的に機能させていくと、他人のすること一切を見抜くことさえできるんじゃ、ということです。

    橋本京子は碧川博士に導かれ、特別な部屋に案内され、台に乗せられ、そこにあった椅子に座ります。博士の指示に従い、思念を集中させます。そうすると、自分の身体が溶解していくような気持ちになり、なんだかわからない満足な感情に満たされます。耳の底の方ではたえず美しい音楽が鳴っている。やがて眼前いったいが緑色に覆われて、それが二つの濃緑色の点になって、真っ黒な闇になっていきます。そこで見えてきたものとは……?

    このときの様子を描いたのが、下の写真の挿絵(『雄弁』大正12年5月号より)になります。これは、『虹の秘密』(ヒラヤマ探偵文庫17のP53~56)の一場面なんですが、どうでしょうか、すごい躍動的な構図になっていますね。

    もう一枚、ご覧に入れます。ある日、碧川博士のポケットに、黒い菱形の物体が入れられていました。その一方の側は、漆のように黒いのですが、もう一方の側にはキリスト教の聖杯のような盃が彫ってあって、その盃の台のところを気味悪い一匹の蛇がぐるぐると蜷局を巻いているものでした。盃の色は、目が覚めるほど鮮やかな橙色をしています。

    博士はこの不思議な物体をたいへん気にしていました。橋本京子は、新設された実験室に、博士とこの物体と一緒に入って精神を集中します。そうすると、盃の蛇が動き出して、盃は下に落ちて粉々に砕けてしまいます。と同時に、博士は突然立ち上がって、京子を叩いて、鋭い声を上げて外に出て行ってしまいました。その後、博士は行方不明になります。そのときの様子を描いたのが、以下の挿絵(『雄弁』大正12年8月号より。『虹の秘密』P94~100)です。


     

    幻想的な雰囲気を持つ挿絵です。挿絵の画家は、クレジットされていませんでしたが、挿絵中のいくつかにある画家のサインから千川竿児なのではないかと推測しています。大正時代の千川の仕事はよくわかっていないので、もしそうだとしたら、貴重な挿絵になりますね。

    いかがでしょうか。加藤朝鳥は翻訳家なので、海外作品に種本がありそうですが、それは置いておきまして、とにかくこの作品が『雄弁』大正12年5月号~8月号に掲載されていたのは面白いことだと思いました。

  • 映画化されなかった、長田幹彦の「蒼き死の腕環」

    長田幹彦の書いた探偵小説「蒼き死の腕環」は、『婦人世界』大正13(1924)年1月号から12月号まで掲載された長編小説です。この当時は、文壇作家の人たちも探偵小説のブームを見過ごせなくなってきました。『新青年』大正13年8月夏季増刊号では、文壇人を交えた探偵小説への思いを特集で組んでいました。その中で長田幹彦は「探偵小説時代」というエッセイを寄せて、次のように述べています。

     私は日本の探偵小説といふものには、疾うから失望してゐる。いろいろなものを読んでみても、何うも面白くない。此頃になつて、一寸とした興味から自分でも一つ二つ書いてみようと思つて、手馴らしに可成り苦心して書いてみたが、自分の思ふ十分の一の効果も得られない。

     ここで「書いてみよう」とした作品が、「蒼き死の腕環」だったのでした。でも、これを読むと、あまり乗り気でなかったようです。しかし、できあがった作品は、長田の考える探偵小説の要素がいっぱいで、秘密結社は出てくるわ、かわいい綺麗な男の子は出てくるわ、蒼き腕輪をつけた房江はキワメつけの美人だし、キワどいエロい部分をあったりで、なかなかエンタメの要素が盛り沢山でした。大正13年という時代なんで、すごいと思います。しかも載っている雑誌が『婦人世界』ですからね。なかなか刺激的な作品でした。

    実際、セリフが過激なので、伏せ字になったところもあります。下に掲げたページの△印の羅列のところががそうでして、豪華客船プレジデント・リンカーン号に乗せられて、アメリカに連れ去られる場面でした(『婦人世界』大正13年5月号より。『蒼き死の腕環』ヒラヤマ探偵文庫10、P70~73)。

    船室でギブソンは無理な要求を房江にします。房江はそれを拒みます。怒ったギブソンが、笑いながら房江に話しかけているところです。左側の挿絵といっしょにみると、状況がよくわかります。

    いったい、何て言っているのでしょうか。

    こういう内容ですから、映画にしたら、当たるのではないかと考える製作会社もあったようです。連載中の『婦人世界』大正13年3月号の作品冒頭には、以下のような告知が載っていました。



    「八月頃には活動写真にすることになりました」とありますが、実際には、映画化されなかったようです。されたら、よかったと思いますが、外国人がたくさん出てきたり、洋館、豪華客船なども使われたりしていますので、費用もかかって撮影が無理だったのでしょうね。

    アメリカで排日移民法が成立した大正13年に、「蒼き死の腕環」のような作品が書かれたのは、長田幹彦にとって、何かしらの意味があったのかもしれません。

    気になった方は、ヒラヤマ探偵文庫JAPANにお急ぎ下さい。

  • 森下雨村訳『謎の無線電信』の挿絵
    先日紹介(6月24日付)をした森下雨村訳「謎の無線電信」(『中学世界』大正10(1921)年4月号か~11月号)の挿絵は、松野一夫が担当していました。これは博文館発行の『新青年』における編集長の雨村と、表紙や挿絵などを手がける松野一夫と同じ黄金コンビです。
    セクストン・ブレイクの物語の特徴の一つに、登場人物のダイナミックな動きで読者を惹きつけることがあります。松野一夫の挿絵は、それを見開きページを使ってうまく表現しています。読者の視線は、読みながら右ページから左ページへと導かれ、物語が躍動し始めます。
    二つの場面を見てみましょう。一つめ(『中学世界』大正10年7月号掲載・ヒラヤマ探偵文庫21『謎の無線電信』P45~52より)は、カリビアン海の地図を持っているブラウン警部が道で暴漢に襲われ、地図を奪われるシーンになります。左ページ上に襲われている場面が描かれていて、それを右ページ下からセクストン・ブレイクが助けるために追いかけて行く構図になっています。読者の視線は、見開きページを右下から左上へと斜めに横断し、あたかもブレイクといっしょに走っているような錯覚さえも覚えます。

    二つめ(『中学世界』大正10年8月号掲載・ヒラヤマ探偵文庫21『謎の無線電信』P60~62より)のシーンは、ホテルの一室で敵方の紳士がピストルで射殺されてしまい、そこで現場検証をしている場面になります。ブレイク、チンカーとブラウン警部らがいます。右下には、ブレイク探偵がむこうの壁にある弾痕を指さす場面が描かれています。読者は彼の指先に導かれるように、左上に視線を移し、壁を見ます。近くにおかれている調度も目に入りますね。このように読者は挿絵といっしょに物語空間を見ていく構図になっています。

    最後にもう一つ。今度は、視線が今までとは逆の方向、つまり右側に広がっていく場面をお目にかけます。ブレイクの友人、グラントを助けに、ブレイク、チンカーらは快速汽船ナンシイ号でカリビアン海に赴くシーン『中学世界』大正10年9月号掲載・ヒラヤマ探偵文庫21『謎の無線電信』のP72~73より)で、現場近くの海を見ているところです。ずっとむこうの海面に、不思議な航路をとっている汽船が見えました。左上には、双眼鏡で汽船をみている船長とその左にブレイク探偵がいます。読者は、船長とブレイクの言葉に導かれて、視線を右のほうに向けます。そうすると、二本の煙突のある、不思議な動きをする汽船が見えてきます。読者は、海の広がりを感じられると同時に、おかしな動きをする汽船を見つけられるという驚きを追体験することができました。
    しかし、厳密に言えば、読者の目線としては、最初におかしな動きをする汽船が目に入ってきて、それから船上で汽船を見ている船長とブレイク探偵の姿を見ることになります。読者は「あの汽船は、どうしたんだろう」と思いつつ、読み進めていくと、小説の文字内容と協力しながら挿絵の場面が再構成されるというイメージ生成になっています。

    このように挿絵を担当した松野一夫は、見開きページを目一杯使って、読者に物語の楽しさを伝えようとしていたことがわかります。もちろん、こうした構図は、『中学世界』の編集者によっても考えられていたことでしょう。作家、画家、編集者の共同作業によって、物語の面白さは読者に伝えられていくのです。
    【付記】
    森下雨村・訳『謎の無線電信』ヒラヤマ探偵文庫21の「解説」において、挿絵画家を不明としてしまいましたが、後日再検討した結果、松野一夫であることが判明しました。ここに記して、訂正いたします(湯浅篤志)。
  • 三上於菟吉『血闘』
    大正から昭和戦前にかけて、たくさんの大衆文学作品を書いていた流行作家に三上於菟吉がいます。彼の書く物語は、イケメンで格好良く、仕事もできる主人公が、ニヒルな性格でありながら、美女たちを籠絡する話が多いです。ハードボイルドなんですね。代表作としては、「白鬼」(大正13年)が挙げられます。当時のなよなよした私小説や虐げられた人たちのプロレタリア文学とは異なって、スカッとする話が多かったようです。孤独な男が自分のすべてをかけて、成り上がっていくピカレスク・ロマンでした。
    主人公だけでなく、他の登場人物も魅力的で、物語全体に彩りをそえていました。そのような作品の一つに、ヒラヤマ探偵文庫で取り上げた『血闘』(ヒラヤマ探偵文庫24)があります。これは、三上於菟吉には珍しい探偵小説です。作品内容については、ヒラヤマ探偵文庫JAPANを参照していただくとして、ここでは主人公の大川芳一を助けて活躍する、アメリカ浪人の細沼冬夫を取り上げてみたいと思います。
    細沼は、アメリカから帰国の途についている大川芳一に、大型客船大洋丸の中で出会います。細沼が、客船の中で偶然聞いた芳一を亡き者にしようとする企みを知って、芳一を助けようとするんですね。もちろん、これはお金が目当てです。しかし、それだけではなく、だんだんと自らの義侠心により芳一を守ろうとする意志になっていきます。
    たとえば、細沼は自らが探偵になって変装して捜査をしたり、また芳一を保護するために頭を使ったり格闘をしたりもしています。頼れる奴なんです。下の挿絵(竹内霜紅画、『雄弁』大正14年3月号より)は、大川芳一の船室に忍び込んできた殺し屋を組み伏せる細沼冬夫です。右に立っているのが、大川芳一。
    このように三上於菟吉の小説は、主人公だけでなく、他の登場人物も魅力的に描かれています。ここに取り上げた『血闘』は、探偵小説とされていますが、その風味は薄く、どちらかといえば、アクションものであり、スリルとサスペンスを楽しむ作品であるといえるでしょう。大正時代の通俗作家が描く、いわゆる「探偵小説」をどうぞ、ご賞味ください。