長田幹彦の書いた探偵小説「蒼き死の腕環」は、『婦人世界』大正13(1924)年1月号から12月号まで掲載された長編小説です。この当時は、文壇作家の人たちも探偵小説のブームを見過ごせなくなってきました。『新青年』大正13年8月夏季増刊号では、文壇人を交えた探偵小説への思いを特集で組んでいました。その中で長田幹彦は「探偵小説時代」というエッセイを寄せて、次のように述べています。
私は日本の探偵小説といふものには、疾うから失望してゐる。いろいろなものを読んでみても、何うも面白くない。此頃になつて、一寸とした興味から自分でも一つ二つ書いてみようと思つて、手馴らしに可成り苦心して書いてみたが、自分の思ふ十分の一の効果も得られない。
ここで「書いてみよう」とした作品が、「蒼き死の腕環」だったのでした。でも、これを読むと、あまり乗り気でなかったようです。しかし、できあがった作品は、長田の考える探偵小説の要素がいっぱいで、秘密結社は出てくるわ、かわいい綺麗な男の子は出てくるわ、蒼き腕輪をつけた房江はキワメつけの美人だし、キワどいエロい部分をあったりで、なかなかエンタメの要素が盛り沢山でした。大正13年という時代なんで、すごいと思います。しかも載っている雑誌が『婦人世界』ですからね。なかなか刺激的な作品でした。
実際、セリフが過激なので、伏せ字になったところもあります。下に掲げたページの△印の羅列のところががそうでして、豪華客船プレジデント・リンカーン号に乗せられて、アメリカに連れ去られる場面でした(『婦人世界』大正13年5月号より。『蒼き死の腕環』ヒラヤマ探偵文庫10、P70~73)。
船室でギブソンは無理な要求を房江にします。房江はそれを拒みます。怒ったギブソンが、笑いながら房江に話しかけているところです。左側の挿絵といっしょにみると、状況がよくわかります。
いったい、何て言っているのでしょうか。
こういう内容ですから、映画にしたら、当たるのではないかと考える製作会社もあったようです。連載中の『婦人世界』大正13年3月号の作品冒頭には、以下のような告知が載っていました。
「八月頃には活動写真にすることになりました」とありますが、実際には、映画化されなかったようです。されたら、よかったと思いますが、外国人がたくさん出てきたり、洋館、豪華客船なども使われたりしていますので、費用もかかって撮影が無理だったのでしょうね。
アメリカで排日移民法が成立した大正13年に、「蒼き死の腕環」のような作品が書かれたのは、長田幹彦にとって、何かしらの意味があったのかもしれません。
気になった方は、ヒラヤマ探偵文庫JAPANにお急ぎ下さい。
コメント