大正から昭和戦前にかけて、たくさんの大衆文学作品を書いていた流行作家に三上於菟吉がいます。彼の書く物語は、イケメンで格好良く、仕事もできる主人公が、ニヒルな性格でありながら、美女たちを籠絡する話が多いです。ハードボイルドなんですね。代表作としては、「白鬼」(大正13年)が挙げられます。当時のなよなよした私小説や虐げられた人たちのプロレタリア文学とは異なって、スカッとする話が多かったようです。孤独な男が自分のすべてをかけて、成り上がっていくピカレスク・ロマンでした。
主人公だけでなく、他の登場人物も魅力的で、物語全体に彩りをそえていました。そのような作品の一つに、ヒラヤマ探偵文庫で取り上げた『血闘』(ヒラヤマ探偵文庫24)があります。これは、三上於菟吉には珍しい探偵小説です。作品内容については、ヒラヤマ探偵文庫JAPANを参照していただくとして、ここでは主人公の大川芳一を助けて活躍する、アメリカ浪人の細沼冬夫を取り上げてみたいと思います。
細沼は、アメリカから帰国の途についている大川芳一に、大型客船大洋丸の中で出会います。細沼が、客船の中で偶然聞いた芳一を亡き者にしようとする企みを知って、芳一を助けようとするんですね。もちろん、これはお金が目当てです。しかし、それだけではなく、だんだんと自らの義侠心により芳一を守ろうとする意志になっていきます。
たとえば、細沼は自らが探偵になって変装して捜査をしたり、また芳一を保護するために頭を使ったり格闘をしたりもしています。頼れる奴なんです。下の挿絵(竹内霜紅画、『雄弁』大正14年3月号より)は、大川芳一の船室に忍び込んできた殺し屋を組み伏せる細沼冬夫です。右に立っているのが、大川芳一。
このように三上於菟吉の小説は、主人公だけでなく、他の登場人物も魅力的に描かれています。ここに取り上げた『血闘』は、探偵小説とされていますが、その風味は薄く、どちらかといえば、アクションものであり、スリルとサスペンスを楽しむ作品であるといえるでしょう。大正時代の通俗作家が描く、いわゆる「探偵小説」をどうぞ、ご賞味ください。
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