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Boothのヒラヤマ探偵文庫JAPANで、大正時代の不思議小説パンフレットの第二弾、佐川春風『奇怪な銃弾』を刊行しました。
この本には、佐川春風の「奇怪な銃弾」のほか、「宝石を覘う男」「手紙の主」の三篇が収録されています。「奇怪な銃弾」は『日本少年』に掲載された河合少年探偵物語の一つです。第一作めは、森下雨村『二重の影』(ヒラヤマ探偵文庫30)に収録された「幻の男」であり、「奇怪な銃弾」は第二作めとなります。ここで、初出の作品扉絵をお目にかけます。
これを見ると、「川合少年」という主人公の名前が見られますが、本文では「河合少年」となっていて、漢字が違います。第一作目の「幻の男」でも「河合少年」だったので、たぶん扉絵を描いた画家が聞き間違えたか、編集部のほうの連絡ミスだったと考えられます。今回復刊した大正時代の不思議小説パンフレット02では、そのあたりの雰囲気を出そうと思って、表紙の「川合少年」は初出ママとしました。内容は読んでのお楽しみ!
残りの収録作「宝石覘う男」「手紙の主」は、いずれも大正15年の『キング』の掲載された大人向けの掌編になります。長さは二段組みの3~4ページでたいへん短い作品です。これだけ短いと「探偵小説」として成立するのか、ということがありますが、ところがどっこい、それなりに成り立っているんですよね。そこが不思議なところです。
今回の本は、表紙をカラーにして、PP加工もしてみました。高級感が少し増したかな? 昨今、同人の本作りはたいへんになっていますが、これからも頑張ってやっていこうと思います。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
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少々遅くなりましたが、あおけましておめでとうございます。
今年もヒラヤマ探偵文庫をよろしくお願いします。
さて、今年の予定としましては、まずは2月に新刊を出します。
COMITIA147(2月25日)あたりで発刊いたします。
その題名は、どうぞお楽しみに。
「クイーンの定員」の一冊です。
3月23日開催のめしけっと・旅チケットには、Exシリーズで参加します。新刊は今のところ考えていません。
もちろん文学フリマ東京(5月19日)に参加します。このときにも新刊を出します。新しいシリーズを考えています。
同時に資料系のEx シリーズも、考えています。
夏は、文学フリマ大阪(9月8日)に参加するかどうかは、まだ決めていません。最近ホテル代も高くなっていますからね(苦笑)。ただ、夏には一冊くらい出したいとは思っています。
そして冬には文学フリマ東京(12月1日)にも、参加します。やはりこのときにもEx シリーズを出したいです。
もちろんヒラヤマ探偵文庫JAPANはそのほかに新刊を出します。
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令和6(2024)年が始まりました。
今年もよろしくお願いいたします。
今回も、あいもかわらず、松野一夫の挿絵について触れていきます。
江戸川乱歩の「疑惑」は、『旬刊写真報知』大正14(1925)年9月15日号(3巻26号)、9月25日号(3巻27号)、10月15日号(3巻29号)の三号にわたって掲載されました(10月5日号の3巻28号は休載)。この作品は松野一夫が挿絵を担当していました。ただ、10月15日号には松野一夫の挿絵はなく、どこかの雑誌から持ってきたような女性の絵が一枚あっただけです。作品の内容とは、まったく関係のないものでした。つまり、9月15日号と9月25日号の二号に合計四枚の松野一夫の挿絵があったのです。
それでは、まず、9月15日号に載った挿絵をご覧下さい。
挿絵人物の右側、帽子を脱いでいる人物が「おれ(S)」で、父親が殺されたことを、左側の学校の友人に話している場面になります。友人の左手にはタバコがあるようにも見えます。「疑惑」は「おれ」と友人の会話で成り立っている小説です。青空文庫にも収められているので、読んでもらえると挿絵の必要性がよくわかります。実際、背景などの客観描写がありません。しかし挿絵があると、なんとなくですが、会話の風景状況が浮かんできます。松野一夫の絵がそれをうまく現しています。
次にお目にかけるのは、9月25日号の「(三)十日目」の載った挿絵です。本文では以下のように展開しています。「おれ」が母親を怪しいのではないかと疑い始めたとき、暗くなった夕方、二階から下りてきた。「おれ」は縁側に立っていた母親に気づきます。母親は庭にある「何か」をソッとうかがっているようでした。母親は「おれ」に気づくと「ハッとした様に、去り気なく部屋の中へはいってしま」いました。
挿絵は、「おれ」の説明とは少し異なる描写になっていますが、庭の様子や小さなほこらが見て取れます。「その方角には、若い杉の樹立が茂っていて、葉と葉の間から、稲荷を祭った小さなほこらがすいて見える」と、友人には説明していました。
作品を読んだ人はおわかりのように、それらはいずれも大切なところですね。このように松野一夫の挿絵は、物語のポイントを示すことによって、読者に興味の方向を導くようになっていたのです。
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汽車はいささか遅延して、キングス・クロス駅に到着したのはようやく六時過ぎだった。田舎の住人にはよくあることだが、ロンドンのターミナル駅に到着するとなぜか当惑をしてしまう。そういった感覚から僕はいつまで経っても抜けきれなかった。この晩は、さらに一種の憂鬱ささえ伴っていた。僕は孤立無援だった。将来の見通しは、立っているのか立っていないのかよくわからなかった。正直言って、僕を雇ってくれると言う人間の有り余るほどの親切心には、汽車に乗ってもまだ困惑していた。なぜここまでしてくれるのだろうか? なぜこんな奇妙な扱いをするのだろう?辻馬車に乗ってクラリッジ・ホテルに向かう間も、その疑問は頭から離れなかった。しかし正直言って、わくわくしていたことも確かだった。なにしろそのおかげで将来が明るくなったのだから。結局、ジェハン・カヴァナー氏がこんなことをするに当然の理由があったのかもしれないではないか。不満を抱くどころか、僕ほどついている人間はいないのかも知れない。こんな雇い主に目を留めてもらったのは、幸運なことだったのかもしれなかった。そう考えながら、僕はクラリッジ・ホテルの入り口で辻馬車から降り、カヴァナー氏はいらっしゃるかどうか尋ねた。彼は自分の部屋にいると聞いて、なおさら自分はついていると思った。彼と面と向かって話をすれば、真実が明らかになるに違いない。どちらも包み隠すことなどないのだから――という予想は、馬鹿げていた。さてホテル従業員は僕の身柄を召使いに渡した。このカナリア色のチョッキに真っ赤なフラシ天の半ズボンをはいた召使いは、重々しい様子で二階へと案内をした。そこは豪華な家具がならぶ前室だった。召使いは名刺を要求し、ここで待つよう言った。この部屋は狭く、続き部屋のうちの一つだった。もっと大きな部屋と隔てているドアは、僕が入ってきたときは少し開いたままで、活発な話し声が漏れ聞こえていた。そこに召使いが入っていったので、話は中断された。短い言葉が交わされた後、入り口にいきなり男が姿を現して、いささか警戒した面持ちでじろりと私を観察した。こちらが見返す暇もなかった。その体格も不快な印象を与える顔つきも、僕にはあまりいい印象を与えなかった。以前言ったように、かなりいろいろなところへ旅をしたことがあるが、この男はきっとアルジェリア人に違いないと思った。彼がいささか訛りのあるフランス語で話しかけてきたときに、その思いは強くなった。やはり彼はカヴァナー氏に仕えるアルジェリア人で、服装からしてどうやら運転手らしい。それでも彼は醜い奴だという印象は、簡単にはぬぐえなかった。「カヴァナー氏に面会の約束はあるのですか?」彼は質問した。ないと僕は答えた。「あなたの名刺をムッシュ・エドワードに渡しますが」彼は続けた「主人に会えるかどうかわかりません」いささか失望をした。そしてがっかりしたまま待っていた。十五分ほど経過しても、誰も姿を現さなかった。しかしようやくロンドン中でも群を抜いて穏やかそうな人物が現れた。かなり背が低く、薄い黒髪にきちんとした黒服姿で、どんな動きをしても音一つたてなかった。口調はなめらかで、少しでも大きな声で話しかけたら消えてしまいかねないほどだった。「あなたはインガソルさんですね?」彼はほとんどささやき声同然の口調で言った。僕はそうだと答えた。「カヴァナー氏はあなたが今夜来るとは思っていませんでしたが、お会いになります。どうぞこちらの部屋においでください」彼は隣の部屋に案内をした。話し声が聞こえていた部屋だ。そこは居心地よさそうな居間だった。見るからにホテルの居間そのものという感じだった。この部屋にはだれもおらず、どうやらアルジェリア人はどこかに行ってしまったらしい。僕は柔和な男の指示通り、椅子に座った。「新聞を読みますか?」彼は訊いた。僕は彼からウェストミンスター紙を受け取り、やむなく開いた。こんな場合に落ち着いて読んでいられるとは思えなかったけれども。「カヴァナー氏に報告してきます」彼は続けた。「現在手が離せませんが、あなたがいらっしゃったと報告をしてきます」僕が礼を言うと、彼は出て行った。前室と同様にここでも、隣の部屋から会話が漏れ聞こえてきていた。僕はおそらく将来の雇い主が忙しいときに押しかけてきてしまったのだろう。だから面談は延期した方がいいのではないかと感じた。ところがそんなことをするまもなく、新聞をたたんでいたところにカヴァナー氏本人が部屋に入ってきた。即座に僕は立ち上がり、われわれの未来を一手に握っている男の顔をじっと見つめた。ジェハン・カヴァナーについてご説明申し上げようか、それとも新聞記事で十分ご存じのことだろうか? イギリスでもアメリカでも、これほど人目を引く人物はいないだろう。非常に背が高く、優れた体格をして、人々を引きつける偉人ならではの魅力を発散していた。彼は世界的に有名なカナダ人である。しかしその父親がアイルランドからアメリカに渡ったのは二十代になってからだということは、あまり知られていない。母親は純粋のパリっ子だったというのは、前から知っていた。どうしてジェハンと呼ばれるようになったのかは、教えてくれなかった。彼はどこから見てもケルト人そのものだった。激しい性格で、一目で相手の好き嫌いを決めてしまい、いつも文句が絶えない一方で気のいい性格で、芸術的本能にたけていた。それに加えて、財政の込み入った問題や各国間の財政の権謀術数について、彼ほど詳しい人間はいなかった。カナダの主要鉄道会社は、そのほとんどが彼のおかげで繁栄をしていたといっても過言ではない。父親が手をつけたバクー油田も大発展させていた。またカナダの新聞六社とアメリカの三社も所有していた。彼の蒸気機関つきヨットは、豪華そのものだった。絵画コレクションはどんな国と比べても決して引けを取らない。彼は独身で、ヨーロッパには邸宅を所有していないはずだった。そしてそれまで噂でしか聞いたことのない人物と、クラリッジ・ホテルで六月の晩に初めて出会ったのである。六フィート三インチ半の背の高さに、日によく焼けているといってもいいほど浅黒い卵形の顔をしていた。並々ならぬ立派な体格をしている。瞳は深い青色で、髪の毛は真っ黒でカールしていた。鼻は少々高く、唇は分厚く、口は大きかった。両手は女性のように小さかった。灰色のフロックコートに、あわせた灰色のネクタイを締めている。とても小さなダイアモンドのピンをネクタイにさしていて、無垢の金の指輪を左手の中指にはめていた。カールした黒髪を額からなでつけて、首のカラーのところまで伸ばしていた。髭はきれいに剃っている。きびきびとして目配りをし、落ち着きがない。声は太くて低く、音楽的だ。これが、クラリッジ・ホテルで僕の将来を聞かされたときの、ジェハン・カヴァナーの姿はこの通りだった。しかし僕が彼と知り合って仕えるようになってからの驚くべき数ヶ月間に味わった、人を引きつける驚くべき魅力は、実際に会わなくては理解できないだろう。「インガソル君だね?」彼は部屋に入るなり行った。僕はそうだと答え、ケンブリッジから手紙の返事をしにやってきたと言った。正直、彼は僕の言葉など聞いていなかった。路上の新聞売り子の叫び声に彼は気を取られて、窓の方を向いていた。そしてテーブルの上にあった小さなベルを鳴らし、ムッシュ・エドワードという柔和な召使いを呼びつけた。「どうして待たせる?」彼はほとんど怒っていると言っていいほどのイライラした様子で問いただした。「あれが聞こえないのか?」「申し訳ございません、旦那様。新聞は今まいります」ムッシュ・エドワードは引き下がり、僕たち二人だけになった。まだ号外だとわめいている新聞売り子の声がする。半ペンスの夕刊だ。どうしてカヴァナー氏がそんなものを読みたがっているのか、興味がわいた。彼は新聞を待ちかねている間、そんなことを考えている僕をほったらかしにしていた。彼は一言も僕に話しかけようとしなかったどころか、こちらに視線を向けさえしなかった。窓際に立って売り子の声に集中をしていたら、いきなり両手で両目を押さえ、そのまま召使いが新聞を持ってくるまで、奇妙な仕草のままだった。「誰の過ちでもございません、旦那様。売り子の少年が持ってくるのを忘れただけです」「出発するときには、そいつには何も与えるな。それからエドワード、インガソル君は私と一緒にケンブリッジに行く。到着してから夕食をとる。電報でそう連絡しておきなさい」彼は話しながら新聞を広げ、紙面に広がる見出しをじっと見つめた。何を読んでいたのか知らないが、大いに驚いた様子だ。その目が緊張し、嘗めるようにして記事を読んでいた。巨大で優しい犬のように巨大な頭を振っているさまは、大きな不安にさいなまれているらしい。彼にとってとても重要な内容の記事らしいと、僕は推察した。しかも最悪の予想が当たってしまったらしい。彼は新聞を読み終わると、イライラした様子でくしゃくしゃに丸めた。紙くずと化して足下に捨てられると――ようやく彼は僕の存在を思い出した。「新聞を読んだり信じたりする人間は、愚かだ」彼はようやく大声で言った。「来い、インガソル君。食事は夜遅くになるから、今すぐ出発だ」何と言ったらいいだろう? 自分の荷物はキングス・クロス駅に預けたままだ。二人の間で何の取り決めもされていない。どんな提案を承諾するのか、それとも拒否するのかさえもさっぱりわからないではないか? 実際、僕が何も言えないでいると、彼が部屋を出ようとして立ち止まり、先ほど投げ捨てた新聞を拾い上げた。僕は彼に続いて玄関先に出て、一緒に自動車に乗り込んだ。
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『旬刊写真報知』大正14(1925)年5月25日号(3巻15号)には、牧逸馬の「七二八号囚の告白」が掲載されています。挿絵は松野一夫。そのタッチは、大正5(1916)年に松野一夫が師の安田稔とともに樺太を取材したときに残したスケッチの感じとよく似ています。
以下に掲げてみましょう。
これは、七二八号囚と呼ばれるイエーツが収監された部屋の中で悩んでいるシーンだと思われます。他人をかばって刑務所に入っているイエーツでしたが、今にも妻が亡くなりそうになっています。それを知った刑務所の所長がイエーツを妻のところを連れて行きます。ようやく間に合ったイエーツは、妻に「釈放された」と嘘をつき、最後のキッスをします。別れを告げたイエーツが、また刑務所へ戻ろうとします。それが次のシーンになっています。
松野一夫の描くイエーツは、どうにもならない寂しさを抱えているように見えます。物語は、そのすぐあと、イエーツの開き直ったセリフで終わるのですが、牧逸馬の描くイエーツの姿はあまりにも哀しいものとして浮かび上がってきます。短篇ながら佳作です。
たった二枚の挿絵ですが、イエーツの揺れ動く感情を見事に現しているのではないでしょうか。なお、「七二八号囚の告白」は、『牧逸馬傑作選6』(山手書房新社、1993)に収められています。