10月8日(日)に開催された「めざめる探偵たち」展のイベント、記念講演会「日本の探偵小説は、高知から生まれた」でお話をしてまいりました。
明治20年代以降、黒岩涙香が書き始めた探偵小説(翻案)は、長い間低級な小説として扱われてきました。しかし、森下雨村はそういう探偵小説を見直し、海外のきちんとした面白い探偵小説を自らが編集した『新青年』に翻訳して掲載することにしました。その結果、大正10年以降の探偵小説のブームを支えることになりました。
大正11年の秋には、馬場孤蝶の講演を聞いた江戸川乱歩が「二銭銅貨」を雨村に送りました。それを読んだ雨村が大絶賛し、『新青年』大正12年4月増大号に掲載されたのは、日本の創作探偵小説史に興味のある方ならご存じのことだと思います。そういった出来事が大きな力となり、大正14年頃には探偵小説はブームとなって、出版界を賑わせました。その土台を支えたのが、雑誌『新青年』であり、雨村や馬場孤蝶の探偵小説の紹介だったのです。
黒岩涙香、馬場孤蝶そして森下雨村――彼らは皆、高知の出身でした。これら高知出身の三人の作家達の力により、日本の探偵小説の夜が明けたのでした。
というような内容のことを下敷きにしまして、黒岩涙香、馬場孤蝶、森下雨村が探偵小説に果たした役割について、具体的なことをお話してきたのでありました。
上の写真は、配布されたレジュメです。6ページあります。講演前に控え室でチェックをしていました。(続く)。
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