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森下雨村訳『謎の無線電信』



セクストン・ブレイク・コレクションの第二弾は、森下雨村訳の『謎の無線電信』(ヒラヤマ探偵文庫21)になります。森下雨村は、大正91920)年から始まった探偵小説雑誌『新青年』の初代編集長でした。また雨村は、雑誌編集者だけでなく、海外探偵小説の翻訳家、少年少女探偵小説の作家でもありました。

「謎の無線電信」は、博文館の発行する『中学世界』の大正101921)年4月号から11月号まで掲載されます。原作名は、「The Case of the Strange Wireless Message」(The Sexton Blake Library 1st No.125, May 1920)であり、原作者は、ウィリアム・ウォルター・セイヤー(William Walter Sayer 1892-1982)です。原作が発行されたのが大正91920)年5月ですから、出版されてから一年も経たないうちに、雨村は原作本を手に入れて訳しました。

この物語は、セクストン・ブレイク探偵が、カリビアン海にいると思われる秘密探偵ジェムス・グラニット・グラントを救助するために、助手のチンカー、愛犬ペドロともに、小型快速船ナンシイ号で出向く話です。ここで、題名に使われている「無線電信」が意味を持ってきます。

1912(明治45)年4月に起きた豪華客船タイタニック号の沈没を経て、海上での無線電信はその役割が増してきました。国際的には船舶相互の交信や遭難緊急通信の常時聴取などが義務づけられたのです。日本でも、1915(大正4)年に無線電信法が公布され、船舶無線局も官営から私営になりました。無線通信士の資格が、より重要になってきました。

たぶん森下雨村がこの作品を『中学世界』という雑誌に翻訳したのは、そういった世の中の風潮を、若い読者に向けて知らせたかったからでしょう。とくに無線電信という、日本にいながら世界の情報を得ることのできる便利なツールを使える、大正時代の新しい青年になって欲しかったのかもしれません。――言いすぎかな?

原作本の表紙では、物語の発端になるその無線電信のリレーを上手に表現していると思います。こういう画を見ると、無線電信の重要さをすぐに理解できますね。

本文の最初では、無線電信の役割を枠で囲って、編集者が説明しているのがわかります。

このように無線電信という科学技術を使って、当時の中学生をワクワクさせる物語を雨村は選んで翻訳していたと思われます。雨村は「謎の無線電信」を訳した後、同じく『中学世界』大正131924)年1月号から12月号まで、JS・フレッチャーの「ダイヤモンド」という作品を翻訳しました。これも同じように、ハラハラドキドキする内容になっています。もし、興味をお持ちになったら、JS・フレッチャー、森下雨村訳『楽園事件』(論叢海外ミステリ230、論創社、2019年)に収録されていますので、ご覧になってください。『中学世界』連載の初出が掲載されていますので、当時の雨村翻訳の雰囲気を味わえます。

なお、ヒラヤマ探偵文庫の『謎の無線電信』なんですが、現在、版元品切れです。お読みになりたい方は、このHPにある「書店の皆様へ」のページに掲載されている「現在お取引いただいている各書店様」へお問い合わせくださるとうれしいです。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

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