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"国内小説"カテゴリーの記事一覧

  • 田中早苗「入江の一夜」と松野一夫

    『旬刊写真報知』に掲載された田中早苗の作品には、松野一夫の挿絵が多かったです。「入江の一夜」という作品は、『旬刊写真報知』大正141925)年105日号(328号)に掲載され、松野一夫の挿絵が2枚ついていました。

    実にこれは不思議な物語です。――9月のよく晴れた夕方、二人の男(若い青年のエルヴァンと中年紳士ルグラン)がブルターニュのタルベール岬とグルナーブルの間の街道を歩いていました。エルヴァン青年は、今から20年前にこのあたりで行方不明になった兄を捜しに来ていました。エルヴァンは、ルグランと別れ、海へ続く急な下り坂を下りていき、美しい森で縁取られたブルリエの入江に出ました。人家らしいものは二件しか見えなくて、寂しい場所でした。エルヴァンは、休もうと思って浜辺にあった大きな石に腰を下ろしました。彼は、もしかしたら、このような場所で兄は殺されたかもしれないという不気味な想像をしてしまいました。すぐそばにおそろしく大きな巨大な鉄製のブイがおいてありました。すると、ブイの中から突然、コトコトと物をたたく音が聞こえるのです。まさか、中に人がいるわけがないと思いながら、確かめるために彼はそのブイに登り始めました。が、しかし、足を踏み外して石の上に転げ落ち、額を打ってしまい、昏倒していました。やがて気が付きましたが、夜のとばりも下りてしまい、痛む頭を気にしながら街道に戻りました。そのときです! 一軒の家から、人の凄まじく大きな悲鳴が聞こえました。エルヴァンは驚いて、その家に向かい、ドアの前に立ちました。そのときの場面が以下のものです。


    家の中からは、美しい女性が出てきました。彼は、家に中に導かれましたが、二階の部屋に突然押し込まれます。中は暗かったのですが、炉の燃えさしのまきが勢いよく燃えだし、室内が明るくなりました。見ると、炉の前には、一人の男がうずくまっていました。でも、よく確かめると死んでいます。驚きました。呆然としていると、外で二階に上がってくるたくさんの人々の声がします。もしかしたら、あの女は私を犯人にでっち上げようとして、この部屋に閉じ込めたのかと思いました。それをいろいろと考えている場面が次の挿絵です。

     

    エルヴァンのせっぱ詰まった想像が挿絵でうまく描かれていますね。コラージュっぽい雰囲気もたまらないです。ここからエルヴァンの脱出劇がはじまるのですが、短篇なので、あっけなく片付いてしまいます。そして前述した兄の行方不明とブイの話とがつながって、見事なオチをつくっています。

    これもまた、原作があると思います。しかし掲載誌には原作者名がありません。時間があったら、調べてみたいと思います。

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  • 田中早苗「黒鼠」と松野一夫

    田中早苗の短篇に「黒鼠」というものがあります。『旬刊写真報知』大正141925)年85日号(322号)に掲載されました。これもまた、挿絵が松野一夫だったのです。

    ドックの職工であったジョー・ピンチベックは、不景気のため会社を突然首になりました。飲み食い代と室代だけはどうしても稼がなければならないので、どんな仕事でもやって、しのいでいました。ジョーの部屋は、テムズ川の傍にあって、部屋の窓からその暗く濁った満々たる川面が見えています。ある日、窓から食べ物のかすを投げ捨てていたら、大きな黒鼠がそれをあさりにやってきて、はいあがり、部屋の中に入ってきました。ジョーは、思いました。その黒鼠を捕まえて、売ろうと。

    ジョーはまんまと黒鼠を捕獲して、早速教育に取りかかりました。根気よくやっているうちに、鼠は次第に馴れて、おとなしくなりました。そして不思議なことにジョーのことを大好きになりました。その場面に描かれているのが、次の挿絵です。


     

    なんだか二人で話し合っているように見えますね。窓の外にはテムズ川が描かれています。やがて、ジョーは黒鼠を使って、あることを思いつきます。宝石店に行き、黒鼠を使って、宝石を盗ませようとしたのです。宝石店の扉を鼠にかじり破らせて、中に入れ、ショーウィンドーの宝石を取らせるのです。もちろん、黒鼠にはそういう訓練を施していました。それが以下の場面になります。


    挿絵左下に黒鼠が見えますが、その左上に丸い黒い穴が壁にあいているのが見えるでしょうか? それが鼠のあけた穴だったんですね。松野一夫の挿絵では、ちゃんと再現されています。物語は、それからどんどん進んでいき、最後にはドラマが待っています。哀愁ある話に仕上がっています。うまいです。

    たぶん原作があると思いますが、調べがつきません。『旬刊写真報知』には、ほかにも田中早苗の作品や松本泰の作品が載っているので、機会があったら紹介してみたいと思います。ヒラヤマ探偵文庫でまとめて出そうかしら。

  • 佐川春風『奇怪な銃弾』を発行しました

    Boothのヒラヤマ探偵文庫JAPANで、大正時代の不思議小説パンフレットの第二弾、佐川春風『奇怪な銃弾』を刊行しました。

     

     

    この本には、佐川春風の「奇怪な銃弾」のほか、「宝石を覘う男」「手紙の主」の三篇が収録されています。「奇怪な銃弾」は『日本少年』に掲載された河合少年探偵物語の一つです。第一作めは、森下雨村『二重の影』(ヒラヤマ探偵文庫30)に収録された「幻の男」であり、「奇怪な銃弾」は第二作めとなります。ここで、初出の作品扉絵をお目にかけます。

     

     

    これを見ると、「川合少年」という主人公の名前が見られますが、本文では「河合少年」となっていて、漢字が違います。第一作目の「幻の男」でも「河合少年」だったので、たぶん扉絵を描いた画家が聞き間違えたか、編集部のほうの連絡ミスだったと考えられます。今回復刊した大正時代の不思議小説パンフレット02では、そのあたりの雰囲気を出そうと思って、表紙の「川合少年」は初出ママとしました。内容は読んでのお楽しみ!

     

    残りの収録作「宝石覘う男」「手紙の主」は、いずれも大正15年の『キング』の掲載された大人向けの掌編になります。長さは二段組みの3~4ページでたいへん短い作品です。これだけ短いと「探偵小説」として成立するのか、ということがありますが、ところがどっこい、それなりに成り立っているんですよね。そこが不思議なところです。

     

    今回の本は、表紙をカラーにして、PP加工もしてみました。高級感が少し増したかな? 昨今、同人の本作りはたいへんになっていますが、これからも頑張ってやっていこうと思います。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

     

     

     

     

  • 松野一夫と「疑惑」

    令和62024)年が始まりました。

    今年もよろしくお願いいたします。

    今回も、あいもかわらず、松野一夫の挿絵について触れていきます。

    江戸川乱歩の「疑惑」は、『旬刊写真報知』大正141925)年915日号(326号)、925日号(327号)、1015日号(329号)の三号にわたって掲載されました(105日号の328号は休載)。この作品は松野一夫が挿絵を担当していました。ただ、1015日号には松野一夫の挿絵はなく、どこかの雑誌から持ってきたような女性の絵が一枚あっただけです。作品の内容とは、まったく関係のないものでした。つまり、915日号と925日号の二号に合計四枚の松野一夫の挿絵があったのです。

    それでは、まず、915日号に載った挿絵をご覧下さい。


    挿絵人物の右側、帽子を脱いでいる人物が「おれ(S)」で、父親が殺されたことを、左側の学校の友人に話している場面になります。友人の左手にはタバコがあるようにも見えます。「疑惑」は「おれ」と友人の会話で成り立っている小説です。青空文庫にも収められているので、読んでもらえると挿絵の必要性がよくわかります。実際、背景などの客観描写がありません。しかし挿絵があると、なんとなくですが、会話の風景状況が浮かんできます。松野一夫の絵がそれをうまく現しています。

     

    次にお目にかけるのは、925日号の「(三)十日目」の載った挿絵です。本文では以下のように展開しています。「おれ」が母親を怪しいのではないかと疑い始めたとき、暗くなった夕方、二階から下りてきた。「おれ」は縁側に立っていた母親に気づきます。母親は庭にある「何か」をソッとうかがっているようでした。母親は「おれ」に気づくと「ハッとした様に、去り気なく部屋の中へはいってしま」いました。

    挿絵は、「おれ」の説明とは少し異なる描写になっていますが、庭の様子や小さなほこらが見て取れます。「その方角には、若い杉の樹立が茂っていて、葉と葉の間から、稲荷を祭った小さなほこらがすいて見える」と、友人には説明していました。

    作品を読んだ人はおわかりのように、それらはいずれも大切なところですね。このように松野一夫の挿絵は、物語のポイントを示すことによって、読者に興味の方向を導くようになっていたのです。

  • 松野一夫と「七二八号囚の告白」

    『旬刊写真報知』大正141925)年525日号(315号)には、牧逸馬の「七二八号囚の告白」が掲載されています。挿絵は松野一夫。そのタッチは、大正51916)年に松野一夫が師の安田稔とともに樺太を取材したときに残したスケッチの感じとよく似ています。

    以下に掲げてみましょう。



    これは、七二八号囚と呼ばれるイエーツが収監された部屋の中で悩んでいるシーンだと思われます。他人をかばって刑務所に入っているイエーツでしたが、今にも妻が亡くなりそうになっています。それを知った刑務所の所長がイエーツを妻のところを連れて行きます。ようやく間に合ったイエーツは、妻に「釈放された」と嘘をつき、最後のキッスをします。別れを告げたイエーツが、また刑務所へ戻ろうとします。それが次のシーンになっています。


    松野一夫の描くイエーツは、どうにもならない寂しさを抱えているように見えます。物語は、そのすぐあと、イエーツの開き直ったセリフで終わるのですが、牧逸馬の描くイエーツの姿はあまりにも哀しいものとして浮かび上がってきます。短篇ながら佳作です。

    たった二枚の挿絵ですが、イエーツの揺れ動く感情を見事に現しているのではないでしょうか。なお、「七二八号囚の告白」は、『牧逸馬傑作選6』(山手書房新社、1993)に収められています。