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  • 田中早苗「黒鼠」と松野一夫

    田中早苗の短篇に「黒鼠」というものがあります。『旬刊写真報知』大正141925)年85日号(322号)に掲載されました。これもまた、挿絵が松野一夫だったのです。

    ドックの職工であったジョー・ピンチベックは、不景気のため会社を突然首になりました。飲み食い代と室代だけはどうしても稼がなければならないので、どんな仕事でもやって、しのいでいました。ジョーの部屋は、テムズ川の傍にあって、部屋の窓からその暗く濁った満々たる川面が見えています。ある日、窓から食べ物のかすを投げ捨てていたら、大きな黒鼠がそれをあさりにやってきて、はいあがり、部屋の中に入ってきました。ジョーは、思いました。その黒鼠を捕まえて、売ろうと。

    ジョーはまんまと黒鼠を捕獲して、早速教育に取りかかりました。根気よくやっているうちに、鼠は次第に馴れて、おとなしくなりました。そして不思議なことにジョーのことを大好きになりました。その場面に描かれているのが、次の挿絵です。


     

    なんだか二人で話し合っているように見えますね。窓の外にはテムズ川が描かれています。やがて、ジョーは黒鼠を使って、あることを思いつきます。宝石店に行き、黒鼠を使って、宝石を盗ませようとしたのです。宝石店の扉を鼠にかじり破らせて、中に入れ、ショーウィンドーの宝石を取らせるのです。もちろん、黒鼠にはそういう訓練を施していました。それが以下の場面になります。


    挿絵左下に黒鼠が見えますが、その左上に丸い黒い穴が壁にあいているのが見えるでしょうか? それが鼠のあけた穴だったんですね。松野一夫の挿絵では、ちゃんと再現されています。物語は、それからどんどん進んでいき、最後にはドラマが待っています。哀愁ある話に仕上がっています。うまいです。

    たぶん原作があると思いますが、調べがつきません。『旬刊写真報知』には、ほかにも田中早苗の作品や松本泰の作品が載っているので、機会があったら紹介してみたいと思います。ヒラヤマ探偵文庫でまとめて出そうかしら。

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  • ヒラヤマ探偵文庫新刊「一攫千金のウォリングフォード」のお知らせ
    ヒラヤマ探偵文庫をご愛顧いただきありがとうございます。

    2月25日のコミティア147(東京ビッグサイト)にヒラヤマ探偵文庫は出店し、その際に新刊

    「一攫千金のウォリングフォード」ジョージ・ランドルフ・チェスター、平山雄一訳

    を、新発売いたします。
    この本は「クイーンの定員」39番である、痛快な詐欺師小説です。
    もちろんいつもお取り扱いいただいている書店さんでも通販、店頭販売をいたしますので、おたのしみにしてください。これから順次各書店さんで詳しい情報が公開されると思いますので、ご注目のほどよろしくお願いします。

  • 佐川春風『奇怪な銃弾』を発行しました

    Boothのヒラヤマ探偵文庫JAPANで、大正時代の不思議小説パンフレットの第二弾、佐川春風『奇怪な銃弾』を刊行しました。

     

     

    この本には、佐川春風の「奇怪な銃弾」のほか、「宝石を覘う男」「手紙の主」の三篇が収録されています。「奇怪な銃弾」は『日本少年』に掲載された河合少年探偵物語の一つです。第一作めは、森下雨村『二重の影』(ヒラヤマ探偵文庫30)に収録された「幻の男」であり、「奇怪な銃弾」は第二作めとなります。ここで、初出の作品扉絵をお目にかけます。

     

     

    これを見ると、「川合少年」という主人公の名前が見られますが、本文では「河合少年」となっていて、漢字が違います。第一作目の「幻の男」でも「河合少年」だったので、たぶん扉絵を描いた画家が聞き間違えたか、編集部のほうの連絡ミスだったと考えられます。今回復刊した大正時代の不思議小説パンフレット02では、そのあたりの雰囲気を出そうと思って、表紙の「川合少年」は初出ママとしました。内容は読んでのお楽しみ!

     

    残りの収録作「宝石覘う男」「手紙の主」は、いずれも大正15年の『キング』の掲載された大人向けの掌編になります。長さは二段組みの3~4ページでたいへん短い作品です。これだけ短いと「探偵小説」として成立するのか、ということがありますが、ところがどっこい、それなりに成り立っているんですよね。そこが不思議なところです。

     

    今回の本は、表紙をカラーにして、PP加工もしてみました。高級感が少し増したかな? 昨今、同人の本作りはたいへんになっていますが、これからも頑張ってやっていこうと思います。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

     

     

     

     

  • 2024年のヒラヤマ探偵文庫
    少々遅くなりましたが、あおけましておめでとうございます。
    今年もヒラヤマ探偵文庫をよろしくお願いします。

    さて、今年の予定としましては、まずは2月に新刊を出します。
    COMITIA147(2月25日)あたりで発刊いたします。
    その題名は、どうぞお楽しみに。
    「クイーンの定員」の一冊です。

    3月23日開催のめしけっと・旅チケットには、Exシリーズで参加します。新刊は今のところ考えていません。

    もちろん文学フリマ東京(5月19日)に参加します。このときにも新刊を出します。新しいシリーズを考えています。
    同時に資料系のEx シリーズも、考えています。

    夏は、文学フリマ大阪(9月8日)に参加するかどうかは、まだ決めていません。最近ホテル代も高くなっていますからね(苦笑)。ただ、夏には一冊くらい出したいとは思っています。

    そして冬には文学フリマ東京(12月1日)にも、参加します。やはりこのときにもEx シリーズを出したいです。

    もちろんヒラヤマ探偵文庫JAPANはそのほかに新刊を出します。
  • 松野一夫と「疑惑」

    令和62024)年が始まりました。

    今年もよろしくお願いいたします。

    今回も、あいもかわらず、松野一夫の挿絵について触れていきます。

    江戸川乱歩の「疑惑」は、『旬刊写真報知』大正141925)年915日号(326号)、925日号(327号)、1015日号(329号)の三号にわたって掲載されました(105日号の328号は休載)。この作品は松野一夫が挿絵を担当していました。ただ、1015日号には松野一夫の挿絵はなく、どこかの雑誌から持ってきたような女性の絵が一枚あっただけです。作品の内容とは、まったく関係のないものでした。つまり、915日号と925日号の二号に合計四枚の松野一夫の挿絵があったのです。

    それでは、まず、915日号に載った挿絵をご覧下さい。


    挿絵人物の右側、帽子を脱いでいる人物が「おれ(S)」で、父親が殺されたことを、左側の学校の友人に話している場面になります。友人の左手にはタバコがあるようにも見えます。「疑惑」は「おれ」と友人の会話で成り立っている小説です。青空文庫にも収められているので、読んでもらえると挿絵の必要性がよくわかります。実際、背景などの客観描写がありません。しかし挿絵があると、なんとなくですが、会話の風景状況が浮かんできます。松野一夫の絵がそれをうまく現しています。

     

    次にお目にかけるのは、925日号の「(三)十日目」の載った挿絵です。本文では以下のように展開しています。「おれ」が母親を怪しいのではないかと疑い始めたとき、暗くなった夕方、二階から下りてきた。「おれ」は縁側に立っていた母親に気づきます。母親は庭にある「何か」をソッとうかがっているようでした。母親は「おれ」に気づくと「ハッとした様に、去り気なく部屋の中へはいってしま」いました。

    挿絵は、「おれ」の説明とは少し異なる描写になっていますが、庭の様子や小さなほこらが見て取れます。「その方角には、若い杉の樹立が茂っていて、葉と葉の間から、稲荷を祭った小さなほこらがすいて見える」と、友人には説明していました。

    作品を読んだ人はおわかりのように、それらはいずれも大切なところですね。このように松野一夫の挿絵は、物語のポイントを示すことによって、読者に興味の方向を導くようになっていたのです。