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  • ヒラヤマ探偵文庫新刊予告「英国犯罪実話集2」


    以前Twitterでも言及しましたが、ヒラヤマ探偵文庫は夏のコミケ二日目に初参加いたします。

    それにあわせて、新刊を出します。

    「英国犯罪実話集2」です。

    以前ご好評をいただいた「英国犯罪実話集」の続編です。今回も、「ストランド・マガジン」に掲載された実話を中心に、独自編集いたしました。内容は以下のとおりです。

    探偵の学校――ベルチョンの肖像写真の新分類法   アルダー・アンダーソン

    変装の技術   ウィリー・クラークソン 

    郵便局の犯罪   オースチン・フィリップス

    ウィーンのラッフルズ   ジョセフ・ゴロム 

    なぜ人間は犯罪に惹かれるのか   アンナ・キャサリン・グリーン

    犯罪者の追跡 各国の探偵方法の比較   ジョセフ・ゴロム

    テムズ川警察との一夜

    密輸業者の手口

    阿片窟の一夜   「死人の日記」の著者 

    私の知っていること   ウィリアム・ル・キュー 

     最後の「私の知っていること」は、「完訳版 秘中の秘」を以前ヒラヤマ探偵文庫でもご紹介したル・キューの単行本から、犯罪に関連する部分を抜き出しました。なかでも興味深いのは、彼がロシアの怪僧ラスプーチンの文書を手に入れ、その中に切り裂きジャックの正体が書いてあると紹介しているところです。ル・キューはイギリス政府に協力してスパイを働いていたとも称していますが、はたしてどこまで信用していいものやら。なんだか落合信彦とか、元刑事と称している某作家とかを連想してしまうのですが。

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  • 映画化されなかった、長田幹彦の「蒼き死の腕環」

    長田幹彦の書いた探偵小説「蒼き死の腕環」は、『婦人世界』大正13(1924)年1月号から12月号まで掲載された長編小説です。この当時は、文壇作家の人たちも探偵小説のブームを見過ごせなくなってきました。『新青年』大正13年8月夏季増刊号では、文壇人を交えた探偵小説への思いを特集で組んでいました。その中で長田幹彦は「探偵小説時代」というエッセイを寄せて、次のように述べています。

     私は日本の探偵小説といふものには、疾うから失望してゐる。いろいろなものを読んでみても、何うも面白くない。此頃になつて、一寸とした興味から自分でも一つ二つ書いてみようと思つて、手馴らしに可成り苦心して書いてみたが、自分の思ふ十分の一の効果も得られない。

     ここで「書いてみよう」とした作品が、「蒼き死の腕環」だったのでした。でも、これを読むと、あまり乗り気でなかったようです。しかし、できあがった作品は、長田の考える探偵小説の要素がいっぱいで、秘密結社は出てくるわ、かわいい綺麗な男の子は出てくるわ、蒼き腕輪をつけた房江はキワメつけの美人だし、キワどいエロい部分をあったりで、なかなかエンタメの要素が盛り沢山でした。大正13年という時代なんで、すごいと思います。しかも載っている雑誌が『婦人世界』ですからね。なかなか刺激的な作品でした。

    実際、セリフが過激なので、伏せ字になったところもあります。下に掲げたページの△印の羅列のところががそうでして、豪華客船プレジデント・リンカーン号に乗せられて、アメリカに連れ去られる場面でした(『婦人世界』大正13年5月号より。『蒼き死の腕環』ヒラヤマ探偵文庫10、P70~73)。

    船室でギブソンは無理な要求を房江にします。房江はそれを拒みます。怒ったギブソンが、笑いながら房江に話しかけているところです。左側の挿絵といっしょにみると、状況がよくわかります。

    いったい、何て言っているのでしょうか。

    こういう内容ですから、映画にしたら、当たるのではないかと考える製作会社もあったようです。連載中の『婦人世界』大正13年3月号の作品冒頭には、以下のような告知が載っていました。



    「八月頃には活動写真にすることになりました」とありますが、実際には、映画化されなかったようです。されたら、よかったと思いますが、外国人がたくさん出てきたり、洋館、豪華客船なども使われたりしていますので、費用もかかって撮影が無理だったのでしょうね。

    アメリカで排日移民法が成立した大正13年に、「蒼き死の腕環」のような作品が書かれたのは、長田幹彦にとって、何かしらの意味があったのかもしれません。

    気になった方は、ヒラヤマ探偵文庫JAPANにお急ぎ下さい。

  • 「ミス・ピンカートン」の表紙について
    ミス・ピンカートン」(メアリー・ロバーツ・ラインハート)は、おかげさまで売り切れになっております。



    案外この表紙が好評でして、これも続編の「ローランド屋敷の秘密」(同)も、



    原作からとったイラストではなく、まったく関係のないイラストを拾ってきたということをTwitterでご紹介したら、あちらこちらから落胆の声が聞こえたのは、予想外でした。

    実際、前者はネットから拾ってきたイラストでして、もとはこんなものでした。



    その他にも看護婦さんのフリーのイラストを必死で探しまして、候補としては次のような者がありました。




    最初の電話をかけているのは、いかにも緊迫感があってミステリらしいですが、赤十字がデザイン上ちょっと邪魔でした。二つ目の元気に歩いているのも魅力的ですが、何の屈託もなさすぎです。三番目のは、なんだか寂しそうだし元気がありません。
    結局、現行のベッドに手をついてびっくり仰天しているイラストを選択したのでした。

    ちなみにこの本の初版本のダストジャケットは、



    です。なんだか暢気ですね。

    ペーパーバック版のジャケットは



    です。あまり可愛くないなあ。
  • 森下雨村訳『謎の無線電信』の挿絵
    先日紹介(6月24日付)をした森下雨村訳「謎の無線電信」(『中学世界』大正10(1921)年4月号か~11月号)の挿絵は、松野一夫が担当していました。これは博文館発行の『新青年』における編集長の雨村と、表紙や挿絵などを手がける松野一夫と同じ黄金コンビです。
    セクストン・ブレイクの物語の特徴の一つに、登場人物のダイナミックな動きで読者を惹きつけることがあります。松野一夫の挿絵は、それを見開きページを使ってうまく表現しています。読者の視線は、読みながら右ページから左ページへと導かれ、物語が躍動し始めます。
    二つの場面を見てみましょう。一つめ(『中学世界』大正10年7月号掲載・ヒラヤマ探偵文庫21『謎の無線電信』P45~52より)は、カリビアン海の地図を持っているブラウン警部が道で暴漢に襲われ、地図を奪われるシーンになります。左ページ上に襲われている場面が描かれていて、それを右ページ下からセクストン・ブレイクが助けるために追いかけて行く構図になっています。読者の視線は、見開きページを右下から左上へと斜めに横断し、あたかもブレイクといっしょに走っているような錯覚さえも覚えます。

    二つめ(『中学世界』大正10年8月号掲載・ヒラヤマ探偵文庫21『謎の無線電信』P60~62より)のシーンは、ホテルの一室で敵方の紳士がピストルで射殺されてしまい、そこで現場検証をしている場面になります。ブレイク、チンカーとブラウン警部らがいます。右下には、ブレイク探偵がむこうの壁にある弾痕を指さす場面が描かれています。読者は彼の指先に導かれるように、左上に視線を移し、壁を見ます。近くにおかれている調度も目に入りますね。このように読者は挿絵といっしょに物語空間を見ていく構図になっています。

    最後にもう一つ。今度は、視線が今までとは逆の方向、つまり右側に広がっていく場面をお目にかけます。ブレイクの友人、グラントを助けに、ブレイク、チンカーらは快速汽船ナンシイ号でカリビアン海に赴くシーン『中学世界』大正10年9月号掲載・ヒラヤマ探偵文庫21『謎の無線電信』のP72~73より)で、現場近くの海を見ているところです。ずっとむこうの海面に、不思議な航路をとっている汽船が見えました。左上には、双眼鏡で汽船をみている船長とその左にブレイク探偵がいます。読者は、船長とブレイクの言葉に導かれて、視線を右のほうに向けます。そうすると、二本の煙突のある、不思議な動きをする汽船が見えてきます。読者は、海の広がりを感じられると同時に、おかしな動きをする汽船を見つけられるという驚きを追体験することができました。
    しかし、厳密に言えば、読者の目線としては、最初におかしな動きをする汽船が目に入ってきて、それから船上で汽船を見ている船長とブレイク探偵の姿を見ることになります。読者は「あの汽船は、どうしたんだろう」と思いつつ、読み進めていくと、小説の文字内容と協力しながら挿絵の場面が再構成されるというイメージ生成になっています。

    このように挿絵を担当した松野一夫は、見開きページを目一杯使って、読者に物語の楽しさを伝えようとしていたことがわかります。もちろん、こうした構図は、『中学世界』の編集者によっても考えられていたことでしょう。作家、画家、編集者の共同作業によって、物語の面白さは読者に伝えられていくのです。
    【付記】
    森下雨村・訳『謎の無線電信』ヒラヤマ探偵文庫21の「解説」において、挿絵画家を不明としてしまいましたが、後日再検討した結果、松野一夫であることが判明しました。ここに記して、訂正いたします(湯浅篤志)。
  • 三上於菟吉『血闘』
    大正から昭和戦前にかけて、たくさんの大衆文学作品を書いていた流行作家に三上於菟吉がいます。彼の書く物語は、イケメンで格好良く、仕事もできる主人公が、ニヒルな性格でありながら、美女たちを籠絡する話が多いです。ハードボイルドなんですね。代表作としては、「白鬼」(大正13年)が挙げられます。当時のなよなよした私小説や虐げられた人たちのプロレタリア文学とは異なって、スカッとする話が多かったようです。孤独な男が自分のすべてをかけて、成り上がっていくピカレスク・ロマンでした。
    主人公だけでなく、他の登場人物も魅力的で、物語全体に彩りをそえていました。そのような作品の一つに、ヒラヤマ探偵文庫で取り上げた『血闘』(ヒラヤマ探偵文庫24)があります。これは、三上於菟吉には珍しい探偵小説です。作品内容については、ヒラヤマ探偵文庫JAPANを参照していただくとして、ここでは主人公の大川芳一を助けて活躍する、アメリカ浪人の細沼冬夫を取り上げてみたいと思います。
    細沼は、アメリカから帰国の途についている大川芳一に、大型客船大洋丸の中で出会います。細沼が、客船の中で偶然聞いた芳一を亡き者にしようとする企みを知って、芳一を助けようとするんですね。もちろん、これはお金が目当てです。しかし、それだけではなく、だんだんと自らの義侠心により芳一を守ろうとする意志になっていきます。
    たとえば、細沼は自らが探偵になって変装して捜査をしたり、また芳一を保護するために頭を使ったり格闘をしたりもしています。頼れる奴なんです。下の挿絵(竹内霜紅画、『雄弁』大正14年3月号より)は、大川芳一の船室に忍び込んできた殺し屋を組み伏せる細沼冬夫です。右に立っているのが、大川芳一。
    このように三上於菟吉の小説は、主人公だけでなく、他の登場人物も魅力的に描かれています。ここに取り上げた『血闘』は、探偵小説とされていますが、その風味は薄く、どちらかといえば、アクションものであり、スリルとサスペンスを楽しむ作品であるといえるでしょう。大正時代の通俗作家が描く、いわゆる「探偵小説」をどうぞ、ご賞味ください。